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    No.5

    39: ◆yTCYowmBII:2022/12/03(土) 22:53:55 ID:LN.7Qx5Q0


    ああ、私は――

    駅のホームで一人、ベンチに腰掛けながら溢した声は、
    定刻通りに到着した電車の音にかき消された。

    自動では開かないドア。
    ボタンを押して開いた先に広がっているのは、十三階段のような気がした。

    私は十三階段を登る。
    その先にあるのは地獄では無い。

    階段を登り切り、首に縄を掛ける。
    そして足元の扉が開き、私の身体は重力に引かれて落下していく。
    天井からぶら下げられている縄が、ピンと張った。

    即死である。

    人間は死に場所を探して生きている。
    それを見つけた時に、人間は救われるのだろうか。

    いや、きっとこの世を恨みながら死にゆく。
    或いは、さようなら、ありがとうと言いながら消えてゆく。

    40: ◆yTCYowmBII:2022/12/03(土) 22:55:19 ID:LN.7Qx5Q0

    気がつけば車窓は海を一面に映していた。
    それは目的地までの距離があと少しと迫ってきている事を表す。

    ふうと一息つく。

    思えばここまで緊張の連続だった。
    普段外に出ない自分が久方ぶりに外出したという事がバレることも怖かったし、
    なにより自分の決断に未だ確信が持てなかった事も、
    この身体の強張りに一役買っているのだろう。
    右肘が紙袋に当たる。花束の入ったそれは、ガサッと意外に大きな音を車内に響かせた。

    一瞬、履いているデニムの右ポケットに入れているスマートフォンが震えたような気がした。
    きっと気のせいだ。
    この数年、私に連絡を取ろうとしてきた人間なんていない。

    それでも何となく気になった私はスマートフォンを取り出して、画面を見る。
    そこには一件、着信があったことを知らせる表示があった。

    かけてきたのは、私の友人。
    懐かしい友人だった。

    私は車内で、その友人に思いを馳せた。
    大学生の頃である。
    彼女は私がまだ心身ともに健全で、生きていることを実感しながら過ごしていた時期に出会った。
    天真爛漫で、とても純粋。
    私のようなモラトリアムの塊を捻くれさせたような人間にとっては眩しすぎた。

    そんな彼女は私によく懐いた。
    大学を卒業するまで、彼女は私の周りに常にいて、
    他の友人からは「まるで犬みたいだね」と言われる、そんな存在だった。
    大学を卒業して社会人になり、歳を重ねるにつれて、友人関係は希薄になっていく。
    私達も例外ではなく、徐々に連絡を取り合う頻度は減っていき、そして絶えた。
    だからこうして連絡が来たことが意外で、突然で、困惑した。
     

    41: ◆yTCYowmBII:2022/12/03(土) 22:56:42 ID:LN.7Qx5Q0


    『次は――』

    車内に停車駅のアナウンスが響く。
    花束がはみ出した紙袋を片手に立ち上がり、ドアの前に移動する。
    そして二、三分経つと駅に到着。

    自動では開かないドア。
    ボタンを押して開ける。

    十三階段の先に、これから向かう。
    地獄ではないことをきっと証明してくれる場所へと、歩みを進める。

    道中、私はスマートフォンを取り出し、着信のあった彼女に折り返しの連絡を入れるか悩んでいた。
    これから私がしようとしている事を彼女に伝えるべきか。はたまた、ショートメールの一本でも入れてそのまま連絡を断ち切るか。
    そんなことを思案しているうちに、笑いが込み上げてきた。
    こんなことを考えても仕方ないのに。
    どうせ繋いでも断ち切れる仲ならば、最初から結ばなければいい。
    スマートフォンをポケットに戻すと、私は目的地に向かって進む足を早めた。

    これまでに、ありがとうを言いながら。

    駅から徒歩十五分で、あっさりと目的地についた。
    そこは断崖絶壁。見下ろすと目眩がするほどの高さ。
    崖の辺りにはロープが張り巡らされ、「危険! 立ち入り禁止!」と書かれた大きな立て看板が殺風景な風景の中で存在感を放っていた。

    私はそのロープを乗り越え、崖の際に立つ。
    そして一歩踏み出す。
    岩礁にぶつかる波音が一際大きく聞こえた気がした。


     

    42: ◆yTCYowmBII:2022/12/03(土) 22:57:38 ID:LN.7Qx5Q0

     

    大きく息を吸い込む。
    鼻孔が潮の香りで満ちる。吹き付ける風はもう秋を感じる冷たさだ。

    私は一つ心に決めていることがあった。
    死ぬ時は、この崖から飛び降りよう、と。

    深い理由なんてものは一切無かった。
    ただ、以前この土地にやってきた時に、この綺麗な景色に惹かれた。
    それだけの理由で私は、ここを死に場所にする事を決めた。

    風が酷く強く吹いている。
    それに押されるように、もう一歩、二歩と進む。
    そしてついに、本当の際へとやってきた。もう先は無い。
    進めば、海だ。
    まるで足元の扉が開くように、自然に落ちることが出来るはずだ。

    一瞬足元を見た後、視線を上げて見える景色を眺める。
    そろそろ日は落ちかけている。
    マジックアワーの空は、淡く幻想的な魔法の色に染められていく。

    紙袋から、花束を取り出した。
    これは、貴方に、そして私に捧ぐ献花だ。
    私は夕日が沈む水平線めがけ、思い切り花束を投げる。

    放物線を描いて飛んでいくそれは、しばらく宙を舞って、海へと落ちる。
    そしてすぐに波にのまれて消えていった。

    それでは、さようなら。
    そして、ありがとう。
     

    43: ◆yTCYowmBII:2022/12/03(土) 22:58:14 ID:LN.7Qx5Q0







    ああ、私は――






    (゚、゚トソンフラジールのようです
    http://bundanao.web.fc2.com/mokuzi/tyu/fragile/fragile.html




                       ――或いは、Good bye Thank you


    .

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